大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成7年(ワ)1598号 判決 1996年12月20日

原告

白山信之

右訴訟代理人弁護士

八幡敬一

越前屋民雄

佐藤博史

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

右訴訟代理人弁護士

中馬義直

舟木亮一

主文

一  被告は、原告に対し、一一〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙二記載の条件で、被告発行の「週刊新潮」に別紙一記載の謝罪広告を一回掲載せよ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は肩書住居地において、冷蔵庫の販売・修理業をしている。また、原告は、創価学会(以下、単に「学会」ということもある。)の会員であり、同会において五四世帯の会員の責任者である地区部長の地位にあるものである。

(二) 被告は、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、週刊誌「週刊新潮」を発行している。

2  名誉毀損

(一) 加害行為

(1) 被告は、「週刊新潮」平成六年九月一日号(以下「本件雑誌」という。)に、「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」との大見出し(以下「本件大見出し」という。)を掲げ、平成六年七月二一日午後六時一〇分ころ、大石寺を総本山とする日蓮正宗(以下「宗門」ということもある。)の僧侶である深妙寺住職大橋信明(以下「訴外大橋」という。)が、北海道胆振管内大滝村清陵の国道二七六号線を千歳方向から喜茂別方向に乗用車を運転して走行中、中央線から反対車線にはみ出し、たまたま対向車線を走行してきた原告の貨物自動車に衝突し、同日午後一〇時過ぎ、訴外大橋が死亡した事故(以下「本件事故」という。)につき、五ページにわたる別紙三記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、遅くとも平成六年八月三一日まで、本件雑誌を全国の書店において販売し、不特定多数の者が閲覧できる状態においた。

(2) 被告は、各全国紙及び全国の主要な地方紙の平成六年八月二五日付けないし二七日付朝刊に、本件大見出しと同一文言をトップ見出しとし、大きさを広告全体の三分の一ないし四分の一を占めるものとする本件雑誌の広告を掲載し、これと同様のものを大都市圏の鉄道会社の電車内の中吊り広告のとして掲示した。

(二) 名誉の毀損

(1)ア 本件大見出しは、見開き二段抜き、一部白抜きなどの装飾を施す体裁のものであり、本文記事を圧倒する印象を与える。

また、本件大見出しの「衝突死させた」との表現は、創価学会幹部である原告が、意図的に大石寺僧侶を衝突死させるように仕向けた、あるいは少なくとも右僧侶が衝突死したことについて原告に社会的非難に値する行為があったとの断定的な印象を与えるものであり、いずれにしても原告が加害者となって右僧侶を衝突死するに至らせたとの断定的な意味を伝達するものである。

このように、本件大見出しは、原告が右僧侶を衝突死するに至らせた加害者であるとの断定的かつ強い印象を与える。

イ 本件記事は、そのリード記事、本文の構成及び内容からすると、本件事故が偶発的に発生したものではなく、創価学会員又はその関係者によって組織的、意図的に引き起こされたものであるとの印象を植え付けた上で、本件事故の相手方が創価学会幹部の原告であるとの事実を適示して、これにより、創価学会幹部である原告は、他の創価学会員又はその関係者と共謀して、組織的、意図的に本件事故を引き起こし、訴外大橋を死亡するに至らせたとの印象を与える。

本件記事は、本文中に、「創価学会幹部」につき、吉田良夫という仮名を用いながらも、本件事故の内容を具体的に特定し、右吉田は「苫小牧市内の住宅地で冷蔵庫などを販売・修理する自営業者」であるとの記載があって、平成六年七月二二日付の各新聞が本件事故を原告の氏名入りで報じていることを合わせ考えると、一般読者が、本件記事の「創価学会幹部」が原告であることを知りうる。

したがって、本件記事は、一般読者に対し、創価学会幹部である原告が、あたかも大石寺の僧侶を衝突死させた加害者であるとの印象を与える。

(2) 前記(一)(2)の各広告(以下「本件広告」という。)は、これを見た者に対し、本件記事と同様に、創価学会幹部である原告が、大石寺の僧侶を衝突死させた加害者であるとの断定的かつ強い印象を与える。

(3) したがって、被告は、本件記事の掲載及び本件広告の掲載又は掲示により原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損した。

3  名誉感情の侵害

被告による以下の各行為は、それぞれが単独に、又は少なくとも一連の行為が全体として原告の名誉感情を著しく侵害する。

(一) 取材行為

被告の編集部記者である訴外庄司一郎(以下「訴外庄司」という。)及び訴外鳥山昌弘(以下「訴外鳥山」という。)は、平成六年八月二二日午前一〇時三〇分ころ、取材のため突然原告方を訪問し、原告が仕事で不在であったため同日の夜まで全五回にわたって執拗に原告方を訪問して、原告及びその妻を取材した。訴外庄司及び訴外鳥山の取材態度はいずれも原告を本件事故の加害者と決め付ける一方的かつ詰問調のものであり、質問内容も、被告の報道意図に沿って、本件事故の加害者は原告であり、六万人総登山の阻止闘争の一環であると決め付けたものであった。このような訴外庄司及び鳥山の取材行為は、いずれも原告及び創価学会に対する被告の予断と偏見に満ちたものであり、マスコミによる取材という一種の威迫感を与えつつ、原告を加害者と扱って追及し、応答させようとするものであって取材行為としての相当性を欠き、原告の名誉感情を著しく侵害した。

(二) 本件大見出しの掲載

被告は、本件雑誌に本件大見出しを掲載したが、本件大見出しは、その体裁において本件記事を圧倒する印象を与えており、また「衝突死させた」との衝撃的かつ断定的な表現を用い、原告を加害者として扱っている。

原告は、本件大見出しにより名誉感情を著しく傷つけられ、社会通念上受忍すべき範囲を優に逸脱した精神的苦痛を被った。

(三) 本件広告の掲載又は掲示

本件広告の掲載又は掲示により、本件広告は少なくとも一〇〇〇万人を越える人々の目に触れたため、原告は、著しい嫌悪感と精神的苦痛を感じた。これは、原告の名誉感情を著しく傷つけるものであり、右精神的苦痛は社会通念上受忍すべき範囲を優に逸脱している。

(四) 催告書に対する被告の回答

被告による前記(一)から(三)までの行為により名誉感情を傷つけられた原告は、被告に対し、謝罪広告掲載等を要求したが、被告は、右要求に対し、本件大見出しに問題がないことは「小学生でも分かる理屈である」などと回答して原告を侮蔑し、原告の名誉感情を侵害した。

4  プライバシーの侵害

(一) 原告が本件事故の当事者であるとの事実は、原告が本件事故の被害者である以上、その身元に関する情報一切は、社会的評価を及ぼすべきでない領域に属する事柄である。

(二) 原告が創価学会員であるとの事実は、原告が信仰する宗教に関する情報であり、人がいかなる宗教を信じているかという事実は、すぐれて個人の人格に根ざす事柄である。

(三) 原告が本件事故の当事者であるとの事実は、平成六年七月二二日付けの新聞によって公表されたが、本件記事の掲載は、事故後一か月余りが経過してからであり、右事実は公知性を失っている。

(四) 原告は、本件記事により、原告が本件事故の当事者であるとの事実及び原告が創価学会員であるとの事実を公表されたことにより、多くの者の関心・好奇の的とされ、平穏な生活を送ることが脅かされるに至っており、これにより原告の受けた精神的苦痛は甚大である。

5  損害

(一) 謝罪広告

本件雑誌は、有名誌であり、影響力は絶大であるから、本件記事の掲載及び本件広告の掲載又は掲示によって毀損された原告の名誉を回復するには、別紙二記載の条件で別紙一記載の謝罪広告を一回掲載することが適切である。

(二) 慰謝料

被告による原告の名誉毀損、名誉感情の侵害及びプライバシーの侵害による精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも一〇〇〇万円が必要である。

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

二  請求原因に対する認否

1  1項はすべて認める。

2(一)  2(一)項はすべて認める。

(二)(1)  2(二)(1)項のうち、ア及びイ前段は否認し、イ後段のうち本件記事の記載内容及び平成六年七月二二日付の各新聞が本件事故を原告の氏名入りで報じていることは認め、その余は否認する。

(2) 2(二)(2)項は否認する。本件広告だけでは本件広告中の「創価学会幹部」が原告であることを認識することはできない。

(3) 2(二)(3)項は争う。

(三)  以上の否認を理由あらしむる事項

交通事故による傷害又は死亡が、刑法上の業務上過失致傷・重過失致傷被告事件(刑法第二一一条)として成立するためには、主観的要件である過失・重過失と客観的要件である人の死傷が必要である。本件大見出しはその表現上客観的要件の記述にとどまり主観的要件に及んでいない。したがって、右大見出しだけでは原告を事故の加害者であるとの意味を伝達しない。すなわち、本件大見出しの意味は、原告の主張するごとく一義的ではなく、本件執筆者の理屈をも包摂する表現というべきである。

本件記事は、大見出しには「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」とあるものの、前文、並びに本文の本件事故に関する客観的な具体的記事と一体として読むときは、その大見出しの表現いかんに関わらず、原告がその運転するトラックを大石寺僧侶に衝突させて同人を死亡させた加害者であるかのような印象を与えることはなく、大石寺僧侶の運転ミスによって惹起された偶発的事故であるとの印象を与えるものである。

3(一)  3(一)項のうち、訴外庄司が原告に対して本件事故に関し取材をしたことは認めるが、その余は否認する。雑誌記者の許容限度を逸脱しない取材行為である。

(二)  3(二)項のうち、本件大見出しの掲載の事実は認めるが、その余は否認する。

(三)  3(三)項のうち、本件広告の掲載の事実は認めるが、その余は否認する。本件広告だけでは本件広告中の「創価学会幹部」が原告であることは認識することはできないから、これのみで原告の名誉感情が害されることはない。

(四)  3(四)項のうち、原告が被告に対し謝罪広告等を要求したこと、被告が原告主張の旨の回答をしたことを認め、その余は否認する。

4(一)  4(一)項は否認する。原告が本件事故の当事者である事実は平成六年七月二二日付の各新聞記事により公知の事実である。

(二)  4(二)項は否認する。原告が熱心な創価学会員であることは、同人が住所地において四五世帯の会員の責任者である地区部長の地位にあること、創価学会の積極的な教勢拡大策、支持政党である公明党の熱心な日常活動・選挙運動からすると、原告が公開を欲しない事実とは到底考えられない。

(三)  4(三)項のうち、原告が本件事故の当事者であるとの事実が、平成六年七月二二日付の新聞によって公表されたことは認めるが、右事実が公知性を失っていることは否認する。

(四)  4(四)項は否認する。原告が本件事故の当事者であり、創価学会員であることは、当時公知の事実であり、これを公表されたとしても、原告にとって何らの影響はない。

5  5項は争う。

三  抗弁(違法性阻却事由)

1  公正な論評(名誉毀損の主張に対する違法性阻却事由)

(一) 公共の利害に関する事実

本件事故は、平成三年以来の創価学会と日蓮正宗の対立が常軌を逸したものとなり、創価学会が平成六年に行った日蓮正宗の「六万人総登山」阻止闘争においては、創価学会員が日蓮正宗の末寺や法華講信徒に対して常識を越えた攻撃を行うようになっている状況の中で起きたものである。そして、創価学会が我が国最大の宗教団体であり、創価学会員を支持母体とする公明党が我が国有数の政治集団であることを考慮すれば、本件事故は、単なる交通事故の問題を越えた信教の自由の問題と関係するものであって、公共の利害に関する事実である。

(二) 本件事故は、報道機関としての被告が、読者の知る権利に答えるため、取材結果を分析整理した上で、客観的に事実を報道し、事実に基づいて論評したものであり、その報道目的は、決して創価学会を誹謗中傷したり、原告を個人攻撃するものではない。

(三) 論評の公正性を基礎付ける事実は、次の事実である。

(1) 宗門と学会との対立で起きている学会による宗門「六万人総登山」阻止闘争の存在

(2) その闘争の過程で、学会による宗門への尾行、盗聴、強迫が続発していた事実

(3) その総登山目前に大石寺の僧侶が原告の運転するトラックと衝突して死亡するという事故が発生した事実

(4) その事故発生直後に、「六万登山目前に遂に日蓮正宗天罰下る! 室蘭大橋住職交通事故死!」という奇妙なビラ(以下「本件ビラ」という。)が撒かれた事実

(5) 宗門信徒が、右事故を知らないうちに学会員は知っていたという事実

(6) この事故に不審を抱いたものが、事故の一方当事者である原告を調べたところ、実は苫小牧で地区部長という地位にある学会幹部であったというあまりに偶然な事実

(四) 原告が名誉毀損と主張する、「なぜそんな早い段階で彼らが事故を知っていたのか不思議なんです。」、「そして、事故の様子も変です。……何か普段にはない運転を住職が強いられていたのではないか、そう思われてならないんです。」(信徒)という想像まで生じてくるのだが、なにせ目撃者がいないのだからどうしようもない。が、普段の住職の安全運転ぶりから、どうしても事故に納得いかない住職の友人がある“追跡”を開始する。「住職はいつも尾行を受けているといっていました。……」、「それにしても、法華講信徒が室蘭地区から大石寺に出発する前日に、よりによって、こんな事故が起きるとは、偶然としたなら、何とも皮肉ではないか。」、「……何度警察に訴えても、学会が相手だと、ビビって警察はまともに取り上げてくれませんからね。彼らは好き勝手放題ですよ。……」等々は、各々、右(三)記載の基礎事実を基にした公正な論評である。

2  プライバシー侵害の主張に対する違法性阻却自由

(一) 1(一)に同じ。

(二) 原告主張のプライバシーにわたる事項すなわち①原告が本件事故の当事者である事実、②創価学会員である事実は公知の事実であるに拘わらず、その公開範囲を苫小牧市に居住する一部読者に限定するよう仮名を使用し、右情報がいたずらに拡散せざるような表現内容、表現方法をとっている。

四  抗弁に対する認否

1(一)  1(一)項のうち、創価学会がわが国最大の宗教団体であること、公明党の支持母体が創価学会であることは認め、その余は不知。

本件事故において原告は一方的被害者であり、かつ本件は全くの私人間の単なる交通事故の問題であって、これは信教の自由の問題と関係することなどあり得ない。したがって、このような交通事故は公共性を基礎付ける事実とはなりえない。

(二)  1(二)項はすべて争う。本件記事は、全くの私人たる原告が巻き込まれた「単なる交通事故」を、同事故とは全く関係のない創価学会と日蓮正宗との対立と無理矢理結びつけて構成・報道したものであり、このような記事は「専ら公益を図るに出たる」ものとはいえない。

(三)  1(三)項で被告が主張する事実は、1(四)項で被告が本件記事から引用した部分を基礎付ける事実に到底あたりえない。

(四)  1(四)項で被告が引用する部分は、いずれも一義的に解釈しうるものであり、論評ではなく事実の報道である。また、本件記事の表現方法は、著しく侮辱的揶揄的であり、この点でも公正性を欠くものである。

2(一)  1(一)に同じ。

(二)  原告が本件事故の当事者である事実は平成六年七月二二日付の各新聞記事により、報道されているのであるから、苫小牧市に居住する一部読者はもちろんのこと、少なくとも全国紙の北海道版及び北海道地方紙が頒布された北海道地域に居住する一部読者に関しては、本件記事の仮名人が原告であると特定されうるのであり、原告のプライバシーが侵害されたことは明白である。

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載の通りであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件記事及び本件広告により原告の名誉が毀損されたか否か(請求原因2(二))について以下検討する。

(一)  まず、本件記事中の「吉田良夫(仮名)」なる人物が原告であると一般読者が認識できるか否かについて判断する。

(1) 原本の存在及びその成立につき争いのない甲第八号証ないし第一一号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二五号証及び原告本人尋問の結果によれば、平成六年七月二二日付けの新聞各紙(朝日新聞第二社会面、読売新聞北海道社会面、毎日新聞北海道面、北海道新聞)に、同月二一日午後六時一〇分ころ、胆振支庁大滝村清陵の国道二七六号線で、室蘭市在住の住職大橋信明(四六歳)運転の乗用車と苫小牧市双葉町二丁目在住の機械修理業白山信之(四七歳)運転のトラックが衝突し、訴外大橋が約四時間後に死亡した旨の二〇行弱でベタ組みの簡単な記事が掲載されたことが認められる。

(2) 他方、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、前出の甲第八号証ないし第一一号証並びに原告本人尋問の結果によれば、本件記事には、本件事故の日時、場所、本件事故の概略について右新聞記事と同様の記載がなされているほか、本件記事中における「吉田良夫」についての情報としては、苫小牧市内の住宅地で冷蔵庫などを販売・修理する自営業者で、隣近所では熱心な創価学会信者として知られており、苫小牧で地区部長という地位にある創価学会の幹部であるとの記載があること、原告は、肩書地住居地において、冷蔵庫の販売・修理をしており、また、創価学会の会員であって、同会において五四世帯の会員の責任者である地区部長の地位あること(この点は、当事者間に争いがない。)が認められる。

(3) 以上の事実によれば、原告と面識があるなど一定の範囲の者には、本件記事の内容から「吉田良夫」が原告であると認識できるものと認められる。

(二)  次に、本件記事の内容が原告の社会的評価を低下させる性質のものであるか否かについて判断する。

(1) 本件記事は、大見出しに「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」と記載しているが、本件大見出しのみでは右の創価学会幹部が原告を指していることを一般読者は知り得ないことは明らかであるから、本件記事による名誉毀損の成否は、本件大見出し、リード記事、本文の内容を一体として観察した際に、本件雑誌の平均的な読者の通常の注意の程度及び読み方を基準として、右読者が本件記事全体からどのような印象を受けるかという観点から判断するのが相当である。

(2)(イ) 本件大見出しの「衝突死させた」との文言は、主語が創価学会幹部であること、「衝突死」との複合語の次に、主語に対応して「させ」との使役の助動詞が使用されていることからすれば、創価学会幹部が、何らかの方法をもって、「僧侶」を衝突させ、又は、死亡させたとの趣旨を表現するのであり、創価学会幹部が大石寺「僧侶」を死亡させた加害者であるとの印象を一般読者に抱かせるものである。そして、雑誌記事の大見出しという性質を考慮しても、その表現方法としてかなりのインパクトがあり、本文を読むに際して、一般読者に右趣旨の先入観、予断を抱かせるものと言える。

(ロ) また、リード記事において、大石寺の僧侶が学会幹部の運転するトラックと衝突して死亡していた事実を「醜聞」と記載していることからしても、本件大見出し、それに続くリード記事を読む限り、創価学会幹部が社会的避難に値する行為によって大石寺の僧侶を衝突死させたとの印象を与えるものと言える。

(ハ) 次に、本文中の表現についてであるが、「尾行、盗聴、脅迫……」との小見出しから始まる段落においては、訴外大橋が、乗用車を走行中、反対車線にはみ出し、「吉田良夫」運転のトラックと衝突して、同日死亡した事実及び訴外大橋の死亡後二、三時間のうちに死者を嘲笑うかのようなビラがばらまかれた事実を記載しているが、右のビラがまかれたことに「吉田良夫」が関与していると疑わせるような記載は特段認められない。

それに続く「不思議な偶然」との小見出しから始まる段落においては、訴外大橋が普段は異常なくらい安全に気をつけていたこと及び事故の態様に不自然な点があることから本件事故が単なる交通事故とは思えないとの訴外大橋の知人の談話を記載した上で、「『後ろから何者かに煽られてそんな事故になったのではないか』(信徒)という想像まで生じてくるのだが、何せ目撃者が存在しない事故だからどうしようもない。」旨記載し、本件事故が単なる交通事故とは言えない疑いがあることを印象づけ、更に、訴外大橋が本件事故前に創価学会員から始終嫌がらせを受けていた旨の談話を紹介した上で、本件事故後に訴外大橋の友人が追跡調査をしたところ、一方の当事者が創価学会の幹部であったことが判明したという構成になっている。

そして、「警察の怠慢」との小見出しから始まる段落においては、「吉田良夫」の談話として、自分は単なる被害者であると主張していることを紹介しているが、そのすぐ後に「それにしても、法華講信徒が室蘭地区から大石寺に出発する前日に、よりによって、こんな事故が起きるとは、偶然としたなら、何とも皮肉ではないか」と記載し、それに続いて創価学会により組織的に尾行や嫌がらせが行われていても、創価学会が相手だと警察は取り上げようとしないとの弁護士の感想が紹介されている。

(二) 以上、本文中の記載だけを取り上げてみても、その構成、表現などからして、本件事故が単なる交通事故ではなく、原告を含む創価学会員若しくはその関係者によって意図的に引き起こされたものである可能性が否定できないことを一般読者に暗示し、印象づけるものとなっていると評価することができる。もっとも、本文中に、事故の客観的態様として、「センターラインをオーバーした乗用車が対向車線を走ってきたトラックと衝突」と記載し、それに続いて本件事故が右のような態様であった旨の警察署の見解及び原告の談話が紹介されていることからすれば、前記のような疑いはあくまでも推測の域を出ないものであるとの印象を与えるような配慮がなされており、特に原告個人についての疑惑はあまり生じないような構成、表現となっているものと言うこともできる。

(3)  以上の大見出し、リード記事、本文を総合して観察すると、本件大見出しで持つ印象は、リード記事、本文と読み進めていくうちに、薄れていくように構成されているものの、これらを全体として読んだ場合、本件事故は、創価学会関係者によって何らかの作為が加えられた可能性があり、それに原告も何らかの形で関与しているのではないかとの疑いを一般読者に抱かせるものといえ、本件記事は原告の社会的評価を低下させる性質のものということができる。

(三) 本件広告による名誉毀損について

本件広告自体によって、一般読者が、本件事故に原告が関与したことを知ることができないことは明らかであるが、本件広告を読むことによって、一般読者が本件雑誌を購入し、本件記事を目にすることも自明であるから、本件広告を掲載することも、本件記事と一体となって、原告の名誉を毀損する行為に当たると言うべきである。

3  名誉感情の侵害の有無(請求原因3)について

(一)  取材行為

(1) 前出の甲第二五号証、証人白山栄子の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証、証人庄司一郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第五二号証、成立に争いのない乙第五八号証、証人白山栄子及び同庄司一郎の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(イ) 平成六年八月二二日午前一〇時三〇分ころ、訴外庄司と訴外鳥山が本件事故に関する取材のため、原告宅を訪問したが、原告とは会えなかったため、原告の妻白山栄子(以下「訴外栄子」という。)に対し、原告宅の玄関先で取材を行った。右取材の前に、訴外庄司は、被告の特集担当デスク門脇護(以下「訴外門脇」という。)から本件事故の内容、それに対する警察の見解、本件事故の当事者の社会的身分、本件事故直後本件ビラがばら撒かれていた事実等の説明を受けていた。そして、訴外庄司らは、訴外栄子に対する取材の際、本件事故の態様、原告と訴外大橋の面識の有無、本件事故当日の原告の行動、原告の被害の程度、原告の創価学会内部における活動・地位等について訴外栄子に質問をしたが、その際、本件ビラを訴外栄子に示し、原告若しくは訴外栄子が本件ビラを作成したのではないかという観点からの質問や、本件事故は原告が故意に惹起したのではないかという観点からの質問も行った。

(ロ) 訴外庄司は、右同日、(イ)の取材を含め、原告宅を合計四回訪問したが、最初の三回は原告が不在であり、原告と会うことはできなかった。そして、午後八時ころ、原告宅を四回目に訪問した際、原告と会うことができ、原告に対し、訴外栄子とほぼ同様の内容について約一時間程度取材を行った。その際、訴外大橋の自動車の後ろに後続車があり、その後続車と原告が連絡を取り合って事故を起こしたのではないかという観点からの質問、訴外大橋の自動車を原告があらかじめ知っていて、原告が故意に衝突したのではないかという観点からの質問、原告が本件ビラを作成したのではないかという観点からの質問も行った。

(2) 以上の事実からすれば、訴外庄司ら被告の記者の質問は、原告に不快感を与えるものであったことは明らかであるが、その質問の態様が威圧的もしくは脅迫的なものであったことを認めるに足りる証拠はなく、本件事故が一方当事者が死亡するという重大な事故であり、これを取材することは公益的な事柄であるとも言い得ることを考慮すると、本件の取材行為は、未だ正当な取材活動の範囲を逸脱したものとはいえない。

(二)  本件大見出しの掲載もしくは本件広告の掲載又は掲示について

本件大見出しを含む本件記事が原告の社会的評価を低下させるものと認められることは前述の通りであり、その場合には名誉感情も侵害されているのが通常であることは論をまたないが、右名誉感情の侵害については、同一文言を使用した本件記事及び本件広告による名誉毀損による精神的損害の中で評価することが相当である。

(三)  催告書に対する被告の回答

(1) 成立に争いのない甲第二号証の一、二、第三号証及び官署作成部分についてはその成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六三号証によれば、以下の事実が認められる。

平成六年八月二七日、創価学会広報室長西口浩が被告に対し、本件雑誌の発刊に抗議し、謝罪を求める内容の文書(乙第六二号証)を郵送し、これに対し訴外門脇が被告には謝罪に応じる意思がないこと等を記載した回答書(乙第六三号証)を右広報室長宛に送付するなどしていたところ、原告代理人弁護士八幡敬一は、同年九月一二日到達の内容証明郵便で、原告の代理人として、被告に対し、本件記事の掲載に抗議するとともに、これにより原告が多大な精神的苦痛を被ったとして、慰謝料一〇〇〇万円の支払及び週刊新潮に原告に対する謝罪広告を掲載するよう求めた文書(甲第二号証の一)を郵送した。これに対し、訴外門脇はこれに対する回答書(甲第三号証)を送付し、その中で、「当該のタイトルが、白山氏が大石寺の僧侶を『故意または過失によって、衝突死させた』との誤信を読者に与えるとのことですが、これは当方には言いがかりと判断せざるを得ません。この場で、日本語について論議するつもりはございませんが、『事故で死んだ』当人が『事故死した』なら、相手方から見れば『事故で死なせた』となることは小学生でも分かる理屈ではないでしょうか。『衝突死した』当人と、『衝突死させた』相手方を端的に表現した当該のタイトルに対して、何故それほどこだわるのでしょうか。」などと記載して、原告の右請求に応じる意思がないことを表明した。

(2) 以上の事実及び前記認定の通り、「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」との記載が、創価学会幹部において、何らかの方法をもって、「僧侶」を衝突させ、又は、死亡させたとの趣旨を表現するものであると認められることを考慮すれば、右回答書の記載は誠意に欠け、原告の名誉感情を害する面があると言わざるを得ないものの、右回答書の送付は、本件記事による原告の名誉毀損後の事情であって、それ自体独立の不法行為を構成する程度には至らないと見るのが相当であり、せいぜい原告の損害を算定する上で斟酌すべき一要素に過ぎないものと言うべきである。

4  プライバシーの侵害(請求原因4)の有無について

(一)(1)  原告が本件事故の当事者であるとの事実について

本件記事では、本件事故について、「ここでセンターラインをオーバーした乗用車が対向車線を走ってきたトラックと衝突。両方とも車は大破、乗用車に乗っていた男性は四時間後に死亡した。」、「死亡された方は室蘭市の深妙寺の住職・大橋信明さん(四六)で、千歳方向から喜茂別方向に走行中、左縁石に接触後、対向車線にはみ出し、千歳方向へ走ってきた苫小牧在住の吉田良男さん(四七)=仮名=運転のトラックと衝突。救急車で洞爺湖温泉町の洞爺協会病院へ運ばれましたが、同日午後十時六分、左肺挫傷で亡くなりました」との記載がなされている。

右の記載によれば、訴外大橋がセンターラインをオーバーしてきたことが本件事故の原因とされているのであるから、この部分を読めば、本件事故は訴外大橋の一方的過失によるものであることが判明するのであり、前記認定のとおり、本件事故については、事故直後に一旦新聞各紙によって報道されていることをも併せ考慮すると、本件事故によって原告が本件事故の一方当事者であることが判明するからといって、いまだ、右事故の適示が原告のプライバシー侵害として違法性を有すると言うことまではできないと解すべきである。

(二)  原告が創価学会員であるとの事実について

前記の通り、原告が、創価学会の会員であり、同会において五四世帯の会員の責任者である地区部長の地位にあることについては当事者間に争いがない。また、本件記事のうち、原告が創価学会員であることに関する記事としては、本件大見出しにおける「創価学会幹部」、「苫小牧で地区部長という地位にある幹部だった。」、「隣近所では、熱心な学会信者として知られている。」という程度のもので、その活動内容として「熱心な」という評価が入ってはいるものの、それを除けば、原告が創価学会の幹部であるという外形的事実を適示するのみである。

そして、原告が創価学会において地区部長として対外的な活動を行っており、友人知人に対し、創価学会員であることを殊更秘匿するなどの態様をとっている訳ではないこと(原告本人尋問の結果)、本件記事においては前記の通り原告の実名を伏せる等原告のプライバシー保護の観点からの配慮もなされていること等を併せ考慮すると、右事実の適示が原告のプライバシー侵害として違法性を有するとは認められない。

二  名誉毀損に関する抗弁について

1  被告は、抗弁1(三)記載の各事実に適示して、本件記事はこれに対する公正な論評であり、論評の対象が公共の利害に関する事実であり、原告に対する個人攻撃等を目的とするものではないから、違法性が阻却されると主張するので、この点について判断する。

2  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証ないし第一七号証、成立に争いのない甲第二一号証、証人庄司一郎、同門脇護の各証言によれば、本件事故を捜査した札幌方面伊達警察署及び訴外大橋が契約を締結していた保険会社が、本件事故は、訴外大橋が縁石にぶつかった後、対向車線にはみ出したことが原因であるとの見解を持っていたこと及び訴外門脇は、本件記事の原稿を書く際、右伊達警察署及び保険会社の見解を知っていたことが認められる。そして、被告が抗弁1(三)に掲げた各事実が仮に真実であるとしても、右事実は、原告が本件事故に関し、犯罪行為等何らかの社会的非難に値する行為をしたことを合理的に推認させるものであると言うことはできず、前記認定の警察署及び保険会社の見解を否定するに足りるものとはなりえない。すなわち、抗弁1(三)に掲げた事実を取り出してつなぎ合わせれば原告が本件事故に関し何らかの社会的非難に値する行為をしたことを疑うことも必ずしも不可能ではないが、警察署等の本件事故の態様についての見解を考慮すると、右疑いは、確度の高い客観的なものではなく、いまだ推測の域を出ないものである。

しかるに、本件記事は、前記認定のとおり、原告が本件事故を意図的に惹起したのではないかなど、本件事故に関し、原告が犯罪行為等何らかの社会的非難に値する行為をしたのではないかとの疑惑を一般読者に抱かせるような表現となっており、これが公表されることになれば、原告の社会的評価を低下させることとなり、事実上その後の私生活等に重大な影響を及ぼすと推認されることを考慮すると、到底公正な論評と言うことはできない。特に、本件大見出しに至っては、創価学会幹部の行為に基因して事故が発生したもので、創価学会幹部が大石寺「僧侶」を死亡させた加害者であるとの印象を一般読者に抱かせるものであり、本件大見出しを含めた文章全体によって、本件記事が前記のような疑惑を抱かせるものとなっている以上、文章全体として違法性は阻却されないと言うべきである。

以上により、その余の点を判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  損害(請求原因5)

1  慰謝料等について

(一)  原本の存在及びその成立につき争いのない甲第四号証ないし第七号証、証人門脇護の証言によれば、平成六年八月二七日付けの有名新聞各紙に本件雑誌の広告がかなりの紙面を割いて掲載され、右広告のうち約四分の一程度の紙面を『大石寺「僧侶」を衝突死させた創価学会幹部』との本件記事に関する見出しが占めていること、本件雑誌の広告は電車の中吊り広告にも使用されたこと、その結果本件雑誌は全国で約五五万部販売されたことが認められる。

(二)  前記認定(争いのない事実を含む)のとおり、本件記事は原告が本件事故に関し何らかの社会的非難に値する行為を行っているのではないかとの疑いを一般読者に与え、他方、本件記事は、右疑いが、あくまでも推測の域を出ないもので、特に原告本人についての疑惑の程度は低いものであるとの印象を与えるにとどめるような表現がなされている上、本件記事において原告の実名を伏せるなど原告の権利保護に一定の配慮を施している。

(三)  右で認定した一切の事情を考慮すると、原告が右名誉毀損により受けた精神的苦痛を慰謝するための金額としては一〇〇万円が相当であるが、原告の名誉回復措置として謝罪広告を掲載させることは相当でないと言うべきである。

2  弁護士費用

本件事案にかんがみると、原告が弁護士を代理人として本件訴えを提起・追行しなければならなかったことは明らかであり、それに要した費用のうち、本件不法行為と相当因果関係にある損害に対応する損害額は一〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上により、原告の本訴請求は、損害金一一〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成六年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林正 裁判官谷口豊 裁判官堂薗幹一郎)

別紙一謝罪広告

当社は、「週刊新潮」の平成六年九月一日号において、「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」との大見出しで、あたかも貴殿が、その運転するトラックを大石寺の僧侶に衝突させて同人を死亡させた加害者であるかのように誤信させる記事を掲載頒布しました。右は事実に反しているのでこれを取り消します。

真実は、平成六年七月二一日、日連正宗の僧侶である大橋信明・深妙寺住職が、北海道胆振管内大滝村清陵の国道を千歳方向から喜茂別方向に、乗用車を運転して走行中、突然センターラインをオーバーして、対向車線を走行していた貴殿のトラックに衝突してきたもので、貴殿には故意はもちろんのこと、全く過失もありません。

当社の右誤った記事によって、貴殿の名誉を毀損いたしたことは誠に申し訳なく、謹んで謝罪の意を表します。

株式会社 新潮社

白山信之  殿

別紙二

(掲載の条件)

掲載面 本文活版

スペース タテ 三分の一(天地×左高−二二〇mm×五〇mm)

活字の大きさ 見出し・記名・宛名は各一四ポイント活字

本文は八ポイント活字

別紙週刊誌記事(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例